先日、永年勤続の表彰が会社の朝礼の場で行われました。十年が5人、十五年が私一人、二十年が一人でした。
地元の工業高校をナントか卒業でき、トヨタ系ディラーの整備部門を受けたが5人中私だけが落選。すぐに高校の進路相談室に行ったら先生曰く「なーは、無理だと思った」
「だったら進めんなよ!」「まあ、他にもいい会社があるからそこに行け」
地元のその会社は伸び盛りで面接でOKでした。まあ、オイラ自分でも言うのも何だけど
その時は結構「イケメン」だった。入社の前の冬休みからアルバイトとして少しでも仕事に慣れようと思いました。
その会社で約10年間、機会の組み立て、各種工作機械、プレス金型、半自動溶接を覚えました。当時の工場責任者は、何でも教えてくれました。自らからだで教えてくれます。
若気の至りでぶつかった事もありました。
仕事しかり酒しかり。仕事が終わると一週間に二回はその方の家に十数人が集まり、意見交換をしました。その後、先輩達に呑まされます。今思うとかなり強烈なリーダーでした。常に皆を、観ています。今の私の仕事、人間関係という社会人としての基礎をそこで学んだと言っても過言ではないです。
その工場責任者が独立すると言う。私を含め七人ほど水面下で誘われました。
その方の居ない会社など考えられません。しかし、その方に就いていくには難易度の高いアルミの溶接を覚えなければなりません。非常に習得するに苦労をしました。
まだ三十前でしたが今の家内と長女が五歳くらいであったが結局迷ったがついて行きました。忙しい時は朝までやったし、山梨県まで納品中、清里あたりでトラックのエンジンが故障で壊れました。真冬ですがヒーターもきかないまま朝を迎えました。凍死するかと思った。
その他さまざま事があり今の会社で十五年勤めています。これも周りの方が支えてくだっさったおかげです。
この十五年が、また明日への節目でしょうか。また単なる通過点でしょうか。
とにかくネガティブに生きたいです。
しかし、終身雇用や年功序列が無くなった今、少しづつ「永年勤続」の意味合いが薄れてきたと思います。
日本はずっと永遠に繁栄すると思われた時期はとっくの昔の話。
いつ自分や家族に津波が襲ってくるかも知れない。
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