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冬の暖房といえば「灯油」が一般的でしょうか。我が家の灯油タンクも残り少なくなってきて、「あと、どれくらい入れようか?」と思っています。
このタンクは、180リットル用で2回満タンにして約1/4残っています。すべて使い切ったとして180ℓ×2×約75円/ℓ=26000円
このタンクの灯油は、2台の室外機に配管されてその中で燃焼された熱を室内に取り入れるシステムです。
足元から広く温かくにおいは全くしません。二酸化炭素も室内に入ってこなく安全で快適です。
その他にもファンヒーターや夜10時を過ぎるとエアコンに切り替えています。(深夜電力使用)
もちろん各家庭では千差万別でしょう。
さて、今冬の暖房にかかる灯油代は電気代は別としていくらになるんだろう?
歴史的暖冬といえるこの冬も終わり明日から四月です。
気持ちを新たに頑張りたいと思います。
仕事帰りに不二家のケーキ店に行きました。あの、「シュークリーム」を買うためです。
しかし、私は店内に入るといきなり「スミマセン。ペコちゃん撮らせてください。」
店員さんは、快く「いいですよ。撮ってください。」と言いながら外にいたペコちゃんを店内のショーウィンドーの前に置いてくれました。お客さんは3人ほどいました。
何枚か撮らせてもらいそれで満足したのか帰ろうとして自動ドアに足を置いた時、思い出した!、「シュークリーム」を買うんだった!
しかし、概に売り切れており明日の予約で10個たのみました。(かなり評判がいいらしい)
約70日ぶりに23日に800店舗のうち221店舗の洋菓子販売を再開しました。
山崎製パンの傘下になり役員も派遣され創業者一族の経営は終わりました。
製造現場では安全性のチエックの強化体制やその管理。そして一番大切な「ひとりひとりの意識改革」を本気になって取り組んでいるという。
ここの、ケーキ屋さんは、開店前までどんな気持ちでいたろうか?
夜も眠れずストレスもたまり苦しまれたことだろう。
お客さんは、また来てくれるだろうか…と。
いっそうのサービス向上に期待したです。
ペコちゃん。ガンバレ!
新潟市近郊に佐潟(さかた)という湿地帯(湖沼)があります。
1971年にイランの地方都市「ラムサール」で締結された国際条約です。
国内では33カ所、県内ではここ一カ所です。
人間には国境がありますが、渡り鳥たちには国境がありません。
コハクチョウは、夏にシベリアで繁殖して冬には南下して日本の湖沼を中継地としたり越冬したりします。
その湖沼や湿地帯が失われたとしたら渡り鳥たちはルートの変更をしたり最悪の場合は日本に渡って来れなくなります。
このようなことから水鳥の生息地、渡り鳥の中継地、湿原の動植物の保護が主な目的です。
まだツボミの桜並木の向うに春の日差しをキラキラ返す佐潟があり雲をかぶった角田山が見えます。
白鳥はもうシベリアに旅立ちカモしかいませんでした。
桜の咲く頃、新緑の頃にまた訪れたい場所です。
中越地震で土砂崩れになり不通になっていた長岡市妙見地区の県道がきのう(24日)、2年5ヵ月ぶりに開通した。
あの母子3人が巻き込まれ当時2歳の皆川優太ちゃんが崩落土砂の中から奇跡的に救出された場所です。
またこの道路は、地元の生活道路として早期の開通を待ち望まれていました。
今朝の朝刊を見ながら「お~、いかったねっかのぉ~」
「ごった揺れたっけのぉ。へぇ、2年半も経ったかぁ~」
そんな事、「サンデーモーニング」を見ながら家族と話していました。
そしたら、グラッときた。また、あの「記憶」が皆によみがえった。すぐにNHKに切り替えてまた「地震の悲惨」さを知る。今度は、近県の能登半島か。
道路が開通した翌日にまた大規模な地震が来るとは。
なんて、皮肉なんだ。
被災地の皆様に心からお見舞い申し上げます。
今回の能登半島地震は「過疎地」を襲った地震です。
新潟県の中越地震もどちらかというと「過疎地」でしょうか。
都市を襲う地震、山間部、離島など場所を選びません。
「過疎地」は建物も古い家が多く、何より一人暮らしの高齢者の割合が高いです。
身寄りの無い高齢者が泣いている姿を見ると辛いです。
夜の街を歩いていると???な看板が目につきました。
すぐに、それと分かるんだけど、どーも気になります。
店員さんは、分かっているんだろうか?
「お~いッ!玉、切れてるぞ~!」
2005年8月25日の記事にも同じような事を書いてました。
第1弾は、→こちらです。
こんな事を記事しているオイラは…。
「お~いッ!ネタ、切れてるぞ~!」(~_~;)
コメントの送信ボタンを押すと、最近こんな画面が出ます。
この時は、画像の文字を「半角」で入力してから「送信」して下さい。
見慣れない画面です。何故こうなったかは私には分かりません。
ココログ系列のブログで最近見かけます。
追伸 この記事のコメントで「げんちゃん」から分かりやすい解説がありました。ありがとうございました。
高校ラグビーのあこがれは「花園ラグビー場」でしょう。
高校野球が「甲子園」と同じです。
引退する3年生とカレーを食べた後、寄せ書きや記念品贈呈の後、「さよなら3年生演芸大会」がありました。
1,2年生がコントや一発芸を3年生に送るのです。
監督、コーチも日頃の「鬼」?を忘れるほどの笑いやパフォーマンスが盛りだくさんだった。
(↑の画像は、セガレではありません。)
とても楽しい時間を共有できました。
そして、全員で「校歌」を歌った時は、…。
また、熱くなってしまった。
夕方、慰労会に出席しました。3年生の父兄さんと最後の酒宴です。
とてもお世話になり、いろいろ教えてもらいました。
「徹底的に鍛えます。強くなりますよ!」その目は、本気だった。
両手で握手をしながら「一緒に歓喜の涙を流しましょう!」
勝負事であるから結果は誰も分かりませんが、夢や目標に照準を合わせて渾身の力で努力する。自ずと結果は付いてくる。そう信じています。
私にできることは、「応援」と「宴会に出席」です。あらぁ~~!
きのうはラグビー部の3年生引退試合でした。
この春卒業した3年生に新チームが挑むのです。
3年生の勇姿を見るのも今日が最後です。
右の白いユニホームがセガレのいる2年生の新チームです。
前半は、一進一退の互角でしたが後半はやはり体力の差、技術の差が出て3年生チームが勝った。
新チームも花園予選である県大会ベスト4まで勝ったチームによく善戦したものだ。
ぶつかっていっても倒されるがまた起き上がりぶつかって行く。
グラウンドの土をどれほど舐めたことか。
全身泥まみれになりどれほど泣いたことか。
「やめたい」と漏らしたこともあったが何とか自分で乗り越えた。
ただ、親は見守るしかない。
校舎の一室でみんなでカレーを作って食べた。
今日の日のためにお母さんたちが昼食を作ってくれたのだ。
その後、3年生の挨拶があった。
「俺達が叶えられなかった花園出場の目標は次のお前達が達成してくれ」
その言葉を聞いた時、皆、熱くなった。
「よし、必ず出よう!」そう思ったに違いない。
いよいよ、新チームが本格始動する。
春休みは、埼玉・東京で強豪チーム相手に遠征です。
ここ数日、記事の投稿はできますがコメントの送信ができない状態です。
(アドレスを正しく…。と、でます)
いままでこんな事は無かったです。
私の操作ミスか、パソコンが悪いのか、ニフティに問題があるのか分かりません。
直り次第、コメントをさせていただき、この記事は削除します。
今後とも「やまちゃん日記」をよろしくお願いします。
管理者 やまちゃん
私が、小学生の頃、「記念切手」を収集するのがはやってました。
少年雑誌の広告欄には必ず「記念切手販売」の広告が所狭しに載ってたし、切手の専門誌もあったぐらいです。まあ、同じ年代の方なら記憶があると思います。
郵便局で発売される記念切手はもちろん朝並んで買ってから学校へいった記憶があり決まって遅刻でした。また、以前に発売された切手は販売店で買いました。
毎月の「こずかい」をすこしずつ貯めて親父と一緒に買いに行く。親と一緒でないと「なめられる」のだ。そうしてコツコツ集めた切手のアルバムを開いてみました。
1964年東京オリンピック記念切手
1970年大阪万博記念切手
皇太子ご婚礼記念切手
各年にいろんな出来事があるのが分かります。
私の「お宝」です。
NHK・BS放送で小椋佳のコンサートの放送を観ました。
部屋の灯りをすこし暗くして女房と二人で観ました。
我が青春の瞬間の場面に出会った曲が想い出されます。
私が「小椋佳」を知ったのは高校生の頃です。
他の仲間とは少し違った好みでしたが、自分としては「こころに沁みる」唄でした。
確か、「雨」というアルバムを買い、新聞配達で貯めて買ったステレオで擦り切れるほど聞きました。
「少しは私に愛をください」「おまえが行く朝」は、よかった。
当時、私は、恋をして付き合っていた他校の女生徒がいました。その恋は高3の春で終わった。(あッ!余計な事を書いてしまった!)
その事は、思い出したら書きます。(汗!)
どうして、その詩を語れるんだろう。
その唄を聴くと若い頃、目には見えないが何か漠然としたものを追っていた自分を呼び覚ます。
追伸 ・ この記事が400回になりました。
自分でも、よく続いたと思います。
この間、さまざまな事がありましたがお陰でここまで続けることができました。
記事数は、私が投稿しなければ決して続きません。
記事数は、私の足跡であり日々の想い、そのものです。
まだ400歩。されど400歩。
どこまで、歩いて行けるだろか。
皆様、あの「ほだれ祭」に行ってきました。
はじめて聞く方は、こちらへ、いらっしゃ~い!
雪が降るとても寒い中、熱くなるような祭りでした。
祭りは11時から樹齢800年の御神木(県重文)に〆縄を張ることから始まる。その後「五穀豊穣」「家内安全」「子宝良縁」などを願う神事が執り行われる。
私が到着したのはそれが終わった12時ころでした。無料の甘酒は完了。トホホ‥。参道というより山道にビッシリ駐車され、県外ナンバーもかなりあり「多くの愛好者?」がいるようです。
「傘でめ~ねてば!」「さ~べてば!」と、心で叫ぶ!
奥の手で「スルスル~」とカニのように横歩きでベストアングルをチョイス!
村人が樽酒を奉納。雰囲気ありますねぇ!
なれない手つきで鏡開きが行なわれ参拝者全員にお神酒が振舞われます。
この神聖なる場所に自分が居られる事に感謝しありがたくお神酒をいただいた。
その「クライマックス」まですこし時間が必要だという。
ワンカップの「越の川」を熱燗で呑みながら「たぬき汁・もち入り」をすすりながら「焼き鳥」を食う。身体が暖まるよ!
いよいよ「ご神体」の御移降がはじまる。村民20人ほどで宮から出され神輿の上に担がれます。
「おら~ッ!気つけれ!」「すべっろ!」「いててば~ッ!」
なんと大らかな祭りでしょう。
これはもう、「奇祭」というより…。
「珍(ちん)祭」だ!
そして、この「ほだれ様」が全国に広がれば「少子化問題」は、一件落着だ!
この山郷にもやがて本格的な春がきます。
また訪れてみたいです。
なにやらとても重いタイトルですが、とても考えさせられました。尚、事件の起きた地域、氏名などは書きません。
先月初旬に義母を刺殺したとして中年の容疑者の女性が逮捕された。
その後、同容疑者の家族や友人たちが「減刑嘆願運動」をスタートさせた。
殺人事件は絶対に許せる事ではありませんから、もちろん最初は躊躇しましたが、その容疑者に対する「減刑嘆願書」に署名しました。
事件に至るまでの経緯や容疑者の境遇は地元の新聞等で掲載され概ねは知っていました。
その容疑者は、平成八年ころから「そううつ病」を発症し自宅の押入れや床下に入って隠れてしまう行動を起こしたり、3ヶ月間も自宅に戻らないこともあり地元の精神病院を入退院を繰り返した後、某川の堤防付近で意識不明の状態で発見される。
病院搬送後に意識は戻り「死のうと思ったが、途中で意識を失った」と話したという。
その後は、5年間の長期入院したが容疑者の夫の勤務先が倒産し経済的理由で仕方なく通院治療になる。
翌年秋、夫の父が他界。翌年の1月に義母(今回の被害者)が倒れ、下半身マヒで寝たきりで強い痴ほうの症状で目が離せない状態になる。要介護度は最高の「介護5」である。
その数ヶ月後に水害で一階が水没。移転先で新築をして家族みんなで力を合わせて働いた。そのためか、「介護5」の義母を介護するのが「そううつ病」の容疑者が世話をすることになる。その容疑者も「そううつ病」の障害者認定をうけての介護だったのだ。
そして、去年の暮れに「心のよりどころ」だった容疑者の実母が亡くなってしまうと「自分も死にたい」と頻繁に言うようになった。
そして、悪い状況が重なり発作的に行動に出てしまったらしい。
とても他人事とは思えません。我が家もそうでしたが「親や家族を介護すること」はもう一般的になっています。ただ、その介護する人が「こころの病」や「病気」を抱えながらの介護を迫られていたら…。
日本は、他国がまだ経験した事のない「超高齢化社会」や「核家族化」に入りどこの家庭でも起こりうる事です。
殺人は、絶対に許されることではありませんが、「このような経緯」「境遇」を知った私は、「減刑」を祈るばかりです。
そして、このような悲しい事件が起きない「社会の仕組み」つくりを願っています。
去年12月の結婚式の引き出物が届けられました。
すっかり忘れていましたが、思い出しすこし得した気分です。
分厚いカタログから選ぶのですが、身の回り品で欲しい商品は無いため、「飾りタンス」にしました。
何を入れるかは、…。思案中。
気が向いた方は→「いとこの結婚式」。「六本木ヒルズ・けやき坂」。「鎌倉ミニ散策」へどうぞ!
暖冬でこのテンプレートの使用を見合わせていましたが、昨日からの寒波で「使う気」になりました。
水墨画のようで気に入っています。
また、旅愁も誘い「旅」がしたくなります。
昨日、セガレのラグビー部の保護者会の役員の引継ぎがありました。
会長、副会長、会計を新3年生の保護者から決めその後「いっぺい」呑むのです。
役員選出で一時、私に風向きがありましたが「何とか切りぬける」ことができました。
久しぶりの中華料理(ラーメン以外)を堪能しました。
4時間ほど呑み、近くの駅まで車で送ってもらいました。もちろん運転手は烏龍茶しか飲んでません。
誰もいないので
酔っ払って駅のホームの椅子に横になりました。駅員さんに職務質問されるかと思ったけど!
デジカメで「自分の足元」を撮っている姿は今、思うと恥ずかしい格好です。
窓の外の街の灯りと車内に映る自分の顔が重なります。
こんな感覚は久しぶりでしょう。
女房に迎えに来るようにメールをしました。
待ち時間があったので「栄ちゃん茶屋」でラーメンを食べました。
呑んだ後のラーメンは、なんでこんなにウマイの!?
ヒック!(#^.^#)
激しく、ときに静かに。
何を想い、何を見、何を考え。
いや、このときは、無心だったかもしれません。
舞い終わると「フー」と深い息をつく。
少し顔が紅潮し額にはうっすらと汗がにじむ。
とても何かをやり遂げた「いい顔」をしていました。
元気そうな姿に会えてよかった。
こんなに素晴らしい地域に根ざした伝統神楽があるとは知りませんでした。
早いもので三月。雪国に暮らすものにとって待ちわびた時期であるが今年は異常なほどの暖冬で「拍子抜け」の感があります。
弥生とは、春間近になり草木が芽を吹き生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「やよひ」となったという。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より
また、花月(かげつ)、花見月(はなみづき)、桜月、夢見月とも言います。
なんとも日本人は、上手い事を言いますね!
また年度末になり何かと気ぜわしい時期です。家庭、学校や会社関係で新生活が始まります。
暦の2月を「ビリッ」と切ると新しい3月のスタートです。
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