2021年6月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト

新築日記

  • 君子蘭。 尚、トップページのカテゴリー欄「住まい・インテリア」で新築に関する記事をのせました。
    解体、地鎮祭、そして建築現場を載せました。 すこしづつ出来上がる我が家のすがたを載せました。 (2006,3~2006,7)

夕焼け、黄昏、茜色。

  • Cimg3922
    夕日は明日へのエネルギー!

新緑の弥彦山登山

  • Cimg5584
    2006年6月に若葉のまぶしい頃。

私が食べた入魂の一杯!

  • 燕市「まつや」のカレー中華
    三条名物「カレーラーメン」が、燕市「まつや」でもその真髄との出会いでした!

新緑の美人林 (2007.5)

  • Cimg7596
    新潟県十日町市松代地区のブナの新緑です。

2008.5.6 福島県大内宿

  • Cimg3668
    ちょっくら日帰りで!

東北六魂祭(2011/7/17)

  • Dscf7117
    震災復興の第一歩として東北6県の祭が仙台市定禅寺通りに集結した!

紅葉の美人林 2009・11・7

  • Cimg9661
    新潟県 魚沼市 松代地区 樹齢80年ほどの美人林

« 雲洞庵の駐車場は? | トップページ | 見応えの「雲洞庵」 »

2009/04/15

越後魚沼・雲洞庵

「天地人」ゆかりの地で是非、訪れてみたかった「雲洞庵」(←クリック~♪)です。与六(のちの直江兼続)と喜平次(のちの上杉景勝)が少年期に学問を学んだ寺で全国から脚光を浴びています。

人は、いつの時代でもその生涯を閉じるまで、いくつもの「ターニングポイント」があるものです。

幼名は与六、非凡な才能を仙桃院に見出され、6歳から景勝の小姓として仕えることになります。景勝(喜平次)と兼続(与六)は互いに切磋琢磨し、雪深い南魚沼の地で16歳まで過ごします。この景勝との出会いと高僧である北高全祝(ほっこうぜんしゅく)と通天存達(つうてんそんたつ)から学問を学びました。

おそらく、直江兼続にとっての最初のターニングポイントだったのではないでしょうか?

前置きが長くなりましたが、それでは参りましょうか。

Cimg6710 「赤門」と呼ばれている山門をくぐると本堂まで石畳がつづきます。

Cimg6708 この石畳の上を歩く時に「願い事」をすると叶うといいます。

昔から「雲洞庵の土踏んだか」と言われる所以(ゆえん)なのだそうです。

Cimg6705

Cimg6702 脇門から入ると正面に「長生きの水」というものがあり高齢のオバちゃん達が我先に飲んでいました。同伴のオジちゃんが「おめぇ~、まだ長生きする気らけぇ~」(笑った!!)

Cimg6673

景勝(喜平次)と兼続(与六)が学問に励んだ部屋です。当時の雰囲気のままのようです。

しかし…。兼続(与六)から言わせれば…。

Thumb051 「わしは、こんなとこ、来とうはなかった!!」

(明日につづきます)

(No.1,040)

« 雲洞庵の駐車場は? | トップページ | 見応えの「雲洞庵」 »

天地人ゆかりの地」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。私は与六が幼かったころの役で演じた男の子(加藤〇〇〇ちゃん←忘れた!)はすごいな~と思いました!演技がうまかったものね~。母との別れのシーンは涙を誘いました。
この子の決め台詞
「わしは、こんなとこ来とうはなかった!」は心に残るセリフでした。
最近、トヨタのCMに出てますね~、ママに「またグリンピース残して!」とたしなめられてますが・・・。

その子役は、加藤清史郎君です。演技力が素晴らしく忘れられない名場面ですね!

「わしは、こんなとこ来とうはなかった!」は、早くも流行語候補~!?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 越後魚沼・雲洞庵:

« 雲洞庵の駐車場は? | トップページ | 見応えの「雲洞庵」 »

無料ブログはココログ

お気に入り

最近のトラックバック