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フォト

新築日記

  • 君子蘭。 尚、トップページのカテゴリー欄「住まい・インテリア」で新築に関する記事をのせました。
    解体、地鎮祭、そして建築現場を載せました。 すこしづつ出来上がる我が家のすがたを載せました。 (2006,3~2006,7)

夕焼け、黄昏、茜色。

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    夕日は明日へのエネルギー!

新緑の弥彦山登山

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    2006年6月に若葉のまぶしい頃。

私が食べた入魂の一杯!

  • 燕市「まつや」のカレー中華
    三条名物「カレーラーメン」が、燕市「まつや」でもその真髄との出会いでした!

新緑の美人林 (2007.5)

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    新潟県十日町市松代地区のブナの新緑です。

2008.5.6 福島県大内宿

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    ちょっくら日帰りで!

東北六魂祭(2011/7/17)

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    震災復興の第一歩として東北6県の祭が仙台市定禅寺通りに集結した!

紅葉の美人林 2009・11・7

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    新潟県 魚沼市 松代地区 樹齢80年ほどの美人林

家族

2013/02/04

冷蔵庫の野菜室が開かないッ!

帰宅するとカミサンが血相をかえて「冷蔵庫の野菜室が開かないので何とかしてッ!」

話を聞くと…。

4分の一に切ったカボチャを野菜室に入れたら何かの拍子にそのカボチャが内側から引っ掛かったようだ。

ガタゴトと試してみるが、2センチほどの隙間に硬いボチャが引っ掛かっているのが見える。

野菜室がいっぱいなので箸で押しても動かない。

これ以上無理をするとプラスチックの引き出しが破損するだろう…

しかし、とりあえず「晩酌」をしながら考えると…flairshine

十数秒足らずで解決できました!( ̄ー ̄)ニヤリ

さて、私のアイディアは!?ドアを外したりはしませんでした。

少し、私の株が上がりました~かな?^^

皆さんならどう解決しますか?

(No.1,982)

2012/09/04

秋の気配~四十八池

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志賀高原 四十八池から裏志賀山(2037m)を望みます。

気温19度。あいにくの小雨と霧でしたが季節の移ろいを感じながら歩きました。

8月19日に来たときから比べると木道脇の草紅葉が黄色く色づいてきたことに気が付きます。

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カミサンもこの光景に深く感動したようで、わたしの株もようやく下げ止まりのようです。

                                ( ̄Д ̄) sweat02

オヤマリンドウの紫がきれいです。heart02

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尚、渋峠付近は冷たい雨と霧が深く視界も効きませんでした。気温15度でユニクロのモモヒキを持ってくればよかった!

季節は少しずつ、確実に秋へと回っていますね。

(No.1,908)

2012/01/03

セガレ、帰る

さきほどセガレが東京へ帰っていった。

カミサンがクルマで高速バス乗り場まで送った。

私は、酔っていたので玄関先まで見送る途中に「婆さんへの挨拶はしたか?」

「ああ…」

寝室にいる母に「婆ちゃん、行ってくるよ…」

「ああ、気ぃ~つけての~」

口には出さないが、母が一番心配しているのかもしれない。

  ・   ・   ・   ・   ・   ・ 。

年末年始にかけ、そして先ほどまでセガレと杯を交わした。

多くは語らないが、今までに無くセガレと呑んだような気がする。

いよいよ本格的な就活がはじまるようだ。

  ・   ・   ・   ・   ・   ・ 。

寒空の下、セガレを乗せたクルマの赤いテールランプを見送った。

(No.1,763)

2011/11/05

たまには、親孝行?

明日の日曜日は、私とカミサンの婆さん二人を連れて福島県会津方面に行きます。天気がイマイチのようですがまあ無理のない行程で楽しませてあげれば「よしッ!」と、したいものです。

(No.1,721)

2011/09/21

♪プリント~ゴッコ~♪

確か、所ジョージさんのフレーズをよく憶えている「プリントゴッコ」が来年の2012年12月28日でプリントゴッコ事業を終了するという。http://www.riso.co.jp/release/20110920.html

2008年6月に本体の販売を終了して、それまではランプ、インクなどの関連消耗品を販売していたが、時代の流れでいよいよその役目を終えるようです。

手書きの年賀状から、一般家庭でも鮮やかな印刷賀状が作れるというので、まだ小さかった子供たちと作ったことを思い出します。

「わ~ッ!キレイにできたねぇ~」「乾くまでストーブの前で乾かさんばらな…それまで触るなよ…^^」

そんな会話を思い出すと懐かしくも微笑ましい。

(No.1,693)

2011/08/13

墓参り…あの頃…

その写真を見ると自宅の前で、小学生の娘と幼いセガレは提灯を持ってふざけながら笑っている。

二人とも、浴衣を着て下駄を履いてポーズもとっている。

おしゃまな娘と味噌っ歯のセガレは、ピースなんかしている。

「ふふふ…」思わず笑顔がもれてしまう。

あの頃は、夕方に早い夕食をすませて墓参り。その先祖の墓に灯した灯りを提灯に移して帰宅し、仏壇にもう一度灯した。

あれから十数年。

近年は、朝の涼しい時間に墓参り。今年の盆は、嫁いだ娘や都会のセガレが帰省して懐かしい時間が流れている。

仏壇には、生前にオヤジが好きだった「サッポロ黒ラベル」を供えました。

(No.1,669)

2011/06/20

夫婦飯碗

昨日の夕方、宅配便が届き開けてみると一組の夫婦飯碗でした。

日本独特の色彩で、肉筆で描かれたさくら模様の赤と紫。

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娘の旦那から父の日の贈り物。「なかなか、粋なことするな…」

彼らにとって私たちは、理想の夫婦?

そんなわけ、ね~よなぁ~(´,_ゝ`)プッ

(No.1,632)

2011/05/01

参拝途中で、チューリップ畑

きのう(4月30日)は、カミさんの母と4人で福島県の会津地方に伝わる「会津ころり三観音」巡りに行きました。以前から、「つれてってくれやぁ~」とのリクエストがあり日帰りで実現できました。

その途中の五泉市一本杉のチューリップ畑に寄りました。http://www.city.gosen.lg.jp/7/126/000159.html

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栽培者の花摘みの風景に出会いました。球根に栄養がいくように花が散る直前に花を摘む作業です。

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30分ぐらいの予定だったが、「どれも7本500円コーナー」では、おもいおもいに好みのチューリップを掘っていました。まあ、まだまだお元気なご様子ですなぁ~

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「会津ころり三観音」巡りは、次回に書きます。

(No.1,599)

2011/03/20

とりあえず笑顔でした

きのう、仙台市青葉区の親戚に飲料水、ガソリンその他日用品を届けることができました。

皆、自宅の損壊も無く久しぶりに「笑顔」で会うことがこれほどうれしいとは…早速、ガソリンを近所の方も含めて分け合う事ができて喜んでもらいました。

しかし、電気は復旧したものの水道、ガスの復旧にはまだ時間がかかるとのこと。

テレビで報道されているように、街中のスーパーやガソリンスタンドには想像絶する長い行列がありました。

「海岸部の人たちから比べれば、まだまだ恵まれています」「日本中が支援しているから…これからも出来る事があったらいつでも…」

未曾有の厳しい生活が長く続きますが、できることから支援していきたいと思いながら帰路につきました。

尚、仙台市青葉区までの陸路を報告します。参考にできれば幸です。

日本海東北自動車道・荒川胎内IC→国道113号線→南陽市→山形自動車道・山形上山IC→山形JC→笹谷IC(そこから仙台方面通行止め)→国道○○号線(不明)→仙台市青葉区

道路の損壊、迂回路などは無く、片道5時間ほどでした。

私が通った、新潟県と山形県を結ぶ国道113号線では、物資を求める山形ナンバーのクルマ、東北地方へ物資を運ぶ新潟ナンバーのクルマが多く走っていました。

(No.1,576)

2011/03/13

無事を伝える電話

東日本大震災の映像を連日見るたびに我が家は、大きな不安に襲われていました。

それは、去年の秋に嫁いだ旦那の実家が仙台市にあるからだ。もちろん電話もメールも繋がらないのが安否の不安にいっそう拍車をかける。

今夜、夕食時に私の携帯に仙台市に出張中の娘の旦那から電話がありました。

それを要約すると、地震直後、勤務先近くの仙台空港に津波が押寄せてその施設内で一晩夜を明かして翌日にボートで救出されて片道20キロ以上を徒歩で仙台市青葉区にある実家に辿り着いたという。

「もう、これで死ぬかと思いました。滑走路や飛行機が、街が、クルマが、津波に飲み込まれていくのを目の当たりに見てすごいショックを受けた。これが現実なんだ!」

ただ、無事である事の連絡のすべが無く今日に至ったようだ。

しかし、仙台市内の実家に被害は無かったようだが、ライフラインはすべて断たれていて辛く寒い夜を余儀なくされているようです。

その無事である声を聞いているうちに目頭が熱くなり最後は、「よかった。よかった。ご両親に宜しく頑張ってくれと伝えてくれ」というのが精一杯だった。

(No.1,572)

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