13回忌
(No.1,211)
(No.1,211)
夕食時、娘からそんな言葉を言われたら父親として「ドッキッ!」とするでしょう。
案の定、「アレ」の話でした。アレですよ、アレ。付き合っている男性が挨拶に来るというんです。どんな「挨拶」かは今は書けません。
母とカミサンは、ニヤニヤしながら私の顔を見ながら「お父さん、さあ、どう出るの~」ってな顔をしていました。
我が家にも、もう何度か来ていて夕食も同席していて印象は◎でしたが、私達(私だけかも知れません)としては「友達以上恋人未満」との認識で接していましたが、いつの間にか外堀が埋められ、内堀も埋められていたのかも知れません。ううぅ~何てこった… (≧ヘ≦)![]()
そして、○日、遂に本丸に登って来るようです。さて、最後の砦で、どう迎え撃つか…![]()
あえなく落城か…( ̄Д ̄
いやいや、そう容易く白旗は揚げられない!
そんな事、考えていたら酔えないんです。![]()
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(No.1,201)
セガレのアパートは1Kですから大人が四人で寝るとなるとどうなるのか?私とカミサン、娘とセガレは、川の字ではなく四川風?互い違いに寝ると意外に寝れるもんですね~
でも、目の前には誰の足だか分からないが顔面にガツンッ!って事も覚悟しなきゃ!
とり合えず何事も無かったようでグッスリ眠れて目覚めは、よかったです。
「三井アウトレック入間」へは、カミサンと娘、セガレの強硬派に屈して行く事になりました。だだっ広いモールの買い物に付き合うのは疲れるもんです!どうも人込みが苦手になってきたのは年のせいだろうか。一通り買い物に付き合った後に私だけ別行動にしました。
一階の広場でミニコンサートが催されていたので暫し聞き入っていました。
お昼は、携帯で連絡を取って「何食う~~?」
帰り道、アパート近くのスーパー銭湯でカンパ~イッ!!
それにしても、とっても疲れた一日でした。
(No.1,164)
セガレが明日の午後から帰ると言うので、カミサンは仕送りの準備をしていた。8月に入って米が無くなったと言うのでコシヒカリを5キロとレトルト食品、缶詰、スナック菓子、等々、そしてマスクも忘れずに段ボール箱に詰めていました。
私の役目は、それを梱包してテープを貼りロープで縛る役目です。
「こんがに、重ければ宅急便より燃費のいいビッツで運んでもいいんじゃねぇかぁ~?」冗談で言ったがカミサンは「そう、する~?」
案外、その気のようだがどうなることか…。
昨夜、娘とセガレ、三人で近くの居酒屋へ行きました。春にはまったく飲めなかったのにジョッキを3杯空けました。
会話のなかで、セガレには、昨今の社会状況を話して「仕送り」の厳しさを含めた話をしました。
親子、様々な考えを話を腹を割って話す機会も大切ですね。
それを実感した時間でした。
(No.1,149)
夜、七時過ぎにポツポツと大粒の雨が降りだすと遠くで雷が鳴りました。
今日は、蒸し暑い一日だったので素麺と天ぷらでした。
「最近、短冊を見ねなったれあの~」「○○スーパーで飾ってあったみて」
「もし、短冊に願い事を書くとしたら何と書く~?」私は「はよ、不景気が上向かないか~。これじゃ、夏までに干上がってしもてば~」「やっぱり、健康に…らこて~」「今、付き合ってる彼氏と上手くいきますように~らかぁ~。ギャハハハ~」
極めつけは、母曰く 「ピンピン、コロリ~らこてあぁ~」
そんな時、NHK「歌謡コンサート」で坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」を聞きました。
そう言えば天の川を見るほど夜空
を眺めることも少なくなったと気が付く。
見上げてごらん 夜の星を
小さな星の 小さな光りが
ささやかな幸せを うたってる
見上げてごらん 夜の星を
ぼくらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる
手をつなごう ぼくと
追いかけよう 夢を
二人なら 苦しくなんかないさ
見上げてごらん 夜の星を
小さな星の 小さな光りが
ささやかな幸せを うたってる
見上げてごらん 夜の星を
ぼくらのように 名もない星が
ささやかな幸せを 祈ってる
作詞 永 六輔 作曲 いずみたく
Webにある坂本九さんと平井堅のコラボです。いいですよ~感動ドキドキ![]()
http://www.youtube.com/watch?v=3DSZBgqBGAg
(No.1,112)
きのう、アパートへの引越しは予定通り終わった。今朝、8時ころ起きて南向きのブラインドを開けると狭い道路の向かいの家の窓が正面にあることに気付きすぐさま半分閉めました。
きのう、アパートに着いた時は日が暮れていたので周囲の環境には気が付かなかったのです。
やはり、田舎に住む居住環境とは違うことに気付きます。
それでも、陽射しの力は春本番になったことを実感してアパート周辺をセガレと散策することにしました。
近くの公園に植えてある桜は、ほぼ五分咲きでした。
私が、デジカメで撮りだすとセガレも携帯で撮っていました。
同じ桜の木下でお互い撮った桜を見せ合いました。
「そういえば、今までこんな事はなかったなぁ~」
まだ、セガレが小さかった頃、桜咲く公園で遊んだことを「ふと」思い出しました。
(No.1,026)
昨夜は、カミサンの実家を招いて、ささやかな壮行会でした。ほとんどがセガレの好物を娘が腕を振るって作ってくれました。![]()
皆、お酒![]()
がすすみ賑やかな宴会になってきました
。
「一年間、予備校に通い合格することができたのは強い志を持ちながらがんばった結果であると同時にそれを支えてくれた周囲の人への感謝の気持ちを忘れないでくれ」
「この大学を選んで本当によかった、と思える大学生活にしてくれ」
と、まあそんなことを言った気がします
。
そして今日、クルマでセガレと上京します
。ナントかETCも間に合って良かったでっす!
(No.1,025)
セガレが、最後の最後に咲かせてくれた。
一年間、予備校に通い天から与えられた満開のサクラだろう。
当地、某所にて満開の「カワヅサクラ」です。この「カワヅサクラ」は伊豆半島の川津町に原木があることから名付けられたという。開花は1月下旬~2月と言いますが雪国新潟では、ソメイヨシノより2週間ほど開花が早いようです。
(3月21日、朝8時頃撮影)
(No.1,022)
今年になって家族と夕食を共にする日が多くなりました。以前なら残業続きで帰ってくると一人ポツンと食べていたことが多かったように思います。
不景気で残業時間が無くなりほとんど定時で終業で打ち合わせの後、帰宅になります。
家族一人一人は、今、何を思い、何を考え、そしてこれから何をしたいのか?
「一緒に夕食できること」を喜ぶべきなのか、そうでないのか?
・ ・ ・ ・ ・ 。
正直なところ、うれしいです。
私の母とカミサン、娘やセガレ。五人揃って「あーらの。こーらの」と言っての夕食はこれから何日あるだろう。
(No.1,006)
今日のお昼はめずらしくセガレと二人でした。こんな日は滅多にないので、「昼はどこかで食うか?」「おう、「まつや」がいいれや」と言うので天気も良かったので自転車で行きました。
私のブログには、「まつや」は、もう何度となく載っていますね~。それだけ燕モンには親しまれている味なのです。
私は、「岩のりラーメン」(750円)と餃子(500円)
セガレは、「五目味噌ラーメン」(850円)とチャーハン(800円)
それぞれの注文を二人で突っつきながら食べるのもいいものです。
セガレの試験のことや次の日程のことを話しながら食べましたが、とても気分よく話してくれました。
お昼にしては、すこし注文し過ぎかと思いましたが久々なので「それも、まッいいかッ!」
アルバム「私が食べた入魂の一杯!」はhttp://yamazaki-3.cocolog-nifty.com/photos/ramenn/index.html です。見るだけではお腹一杯にはなりませんが、よろしかったらどうぞ…
(No.999)
今日は、娘の誕生日でした。何歳かはここでは問題ではないので書きません。(いや、書けません…?)
その日はクソ寒く猛吹雪の朝だったのを覚えています。そんな当時の会話をしていたら「母子手帳」が話題になりカミサンが箪笥の奥から出してきました。
出産前の6ヶ月前から出産、その後の経過が事細かく記録されていました。
娘、曰く 「これ、私の宝物らわぁ」
その母子手帳の裏には「児童憲章」が書かれています。
児童は、人として尊ばれる。
児童は、社会の一員として重んぜられる。
児童は、よい環境のなかで育てられる。
(No.971)
セガレは今、予備校に通っています。
平日はもちろん、日曜日も模擬試験とやらで休みもあまり無いようで始発と最終の繰り返しが来年までつづきます![]()
たまの休みには友人達とサッカーやラグビーで気分転換をしています。
予備校では同じ志しを持った仲間や授業の分かりやすいユニークな講師が多くとてもヤル気になっているようです。そして何故か最近、家での口数も多くなり以前よりとても明るくなってきた。
「分かってくるっけ面白いんだいや」最近、よく聞く言葉。
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一つの山を乗り越えた感があります。![]()
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。
ここまで読んでも、どこにもイチローの話は無いよッ!と、言われそうですが…。
ムフフフ…^^
予備校生→浪人→一浪(いちろう) ![]()
ガンバレッ!我が家のイチロー
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(No.760)
4月22日が「よい夫婦の日」。11月22日が「いい夫婦の日」と近年言われていますが皆さんは「夫婦」というものをどんなふうに考えているのでしょうか?
少子高齢化が進むにつれて「夫婦」だけの時間が以前より増えるでしょう。昔のように子どもを何人か育てても家を継ぐとか老後の面倒を見るとは必ずしも限らない世の中です。
以下は、あるホームページです。
講談社では、夫と妻がお互いを見つめ直すためのメモリアルデーとして
1994年より「よい夫婦の日」キャンペーンを実施しています。
このキャンペーンは1994年に国連が提唱した「国際家族年」を契機として家族の基本単位である
「夫婦」の意義をより深く感じある日が一年に一度あっていいのでは・・・・・・
という主旨でスタートしました。
ちなみに女房の誕生日は4月22日です。帰宅途中にささやかなケーキを買いました。
(No.739)
セガレの初めてのアルバイトが終わって夜11:00頃、新潟まで迎えに行きました。(25日のことです)
同僚の友達とクルマの中で「いやぁ~、いかったいかった!すんげ~興奮したりあのぉ~」
主催者側からスーツ姿で来て欲しいとのこと。「何の仕事するんだろうか?」
開場とともに観客のチケットの確認やエスコート。開演が始まるとアーティストの前で整然と立っている。アーティストとの距離は舞台を含めて数メートルの距離です。
汗と熱気が頭の上から降りかかってくるようだろう。
「俺、ますます好きになりそうだ!」
だって、「コブクロ」のコンサートが初めてのアルバイト![]()
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(No.720)
爆発的に発達した低気圧で大荒れでした。猛烈な北風と雪で北日本と日本海側で被害と交通の混乱でした。
被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。
我が家は、セガレを所用で仙台まで送るため北陸道、磐越道、東北道で行くつもりでしたが…。(私達は、牛タンがお目当てでした![]()
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高速道路を走りはじめて間もなく「磐越道の会津I.Cから通行止め」の掲示板。ヤバイな…![]()
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陸路はあきらめてセガレだけ新幹線で上越新幹線で大宮から東北新幹線で仙台まで行く事にしましたが…。
栃木県内と福島県内で運転見合わせ![]()
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新潟駅9:09発に乗って17:00頃仙台駅着のメールが来てホッとしましたが8時間もかかるとは、お疲れさまでした。![]()
新潟駅でセガレを見送る時、親指を立てて「ガンバって来いッ!」セガレもそれに答えてくれて何時しか人込みの中に消えて行きました。
(No.695)
今年も例年通り豆まきをしました。今年は夕暮れ時に「主人が蒔きなさい」ということで私が玄関のドアを開け、外に向かって「鬼は~外ッ!」って三回叫び!
家の中に向かって「福は~内ッ!」。すぐに玄関のドアをピシャと閉めました。そうでないと鬼がまた舞い戻ってくるというのです。きっとお向かいさんにも聞こえたでしょう。
あッ、そうそう、本当の豆まきは「阿武さんのゆきあたりばったり」さんにありますよ!
蒔く豆も散らからないように小袋のものを蒔くというより投げるといった感じでしょうか。
恵方巻はスーパーで予約したものを皆で「南南東」に向かって目を瞑り黙々と食べました。
ばあちゃんは、手を合わせていました。
今の我が家の一番の願はただ一つです。
(No.678)
1ヶ月ほど前から改装していた「三平」が今月から新装開店しました。
私は、とても気になっていましたが、帰宅途中に店の前を通ると赤提灯が灯っていました。
以外と思われるかもしれませんが、二人で呑むのは、初めてです。
なんと言っていいか分からないけど少しウキウキしました。
なかなかいい呑みっぷりです。
「ああ、俺に似てるんだ~」
仕事の悩みや夢、家族のこと、とりわけセガレの進路も気にかけているようです。
私は、今までの自分の経験を話しアドバイスをしたつもりですが時代が違うのか少しギャップも感じます。
店は、座敷が少し広くなった意外は変わりませんが、明るい居酒屋イメージです。
(No.619)
先日の土曜日(24日)に文化会館でピアノコンサートがありました。
私の娘が3曲、披露するというので聴きにいきました。
モーツァルト作曲「トルコ行進曲」・「涙そうそう」・赤松卓作曲「大改造!!劇的ビフォーアフター」挿入曲、出会いでした。
大きなホールでグランドピアノで聴くと迫力もあり暫し聴き入りました。
小2から始めて中学3年まで続けたでしょうか。中古のピアノを買いましたが「どうせ埃にまみれるんだう」と思いましたが…。
数年間ブランクがあり2年ほど前からまた教室に通い始めました。仕事が終わり、部屋で弾いています。
我が家の家系は音楽、とりわけ楽譜はまったく読めません。私がカラオケでうなる程度です。
「誰に、似たのだろう?」
いやいや、それは愚問というものだろう。
彼女は、彼女。
誰にも似る必要はないのです。
(No.611)
めずらしく家族の休日が同じくなる日があります。
娘は、休日が不定期ですし、セガレは部活でほとんど休み無し。まあ、ばちゃんは、一年中が日曜日ですが…。
こんな日は、たまには!家族サービスをする絶好のチャンスでしょう。
「だいろの湯」へ行ってきました。ここの温泉は、3つの源泉を掛け流していて特に50畳ほどの庭園露天風呂は硫黄成分が多く含まれ泉質は抜群です。
社員さんの対応もよく、広い休憩所の他に何箇所かにソファもあり「ゆったり、まったり」できます。
お昼は、施設内の「多宝亭」で日本庭園を眺めながら生ビールと天ざるをいただきました。
「だいろ」とは、「かたつむり」の意味のようです。日頃の忙しさをしばし忘れ、マイペースを取り戻してほしい。
そんな意味合いが込められているようです。(真意は、分かりませんが、勝手にそう思っています)
しかし、社員さんは、よく働いています。(@_@;)
読みかけの本を読んだり、ウトウト…したり。(-。-)y-゜゜゜
チョッと、フンパツしすぎたかなぁ~。(ーー;)
まッ、いいか!?
(No.576)
今日は、(4月22日・よいふうふ!?)女房の誕生日でした。
何回目?と聞くほどではありません。(私と同い年です。)
という訳ではないですが午後から「てまりの湯」に行きました。
そして夕食に市内の「こまつ」から釜飯をとって食べた。ここの釜飯は味もよく具沢山で好きです。
そして、あの「おこげ」がたまらなく美味いです。
私は、「かに釜飯」。女房は「五目釜飯」という具合に好きなものを予約します。
お刺身も「かんぱち」と「ぶり」の太刀を買ってきました。
ビールも日本酒もいつもより多めに飲めました。
確か、今年で結婚25周年になる。これって「銀婚式」(Silver Wedding )になる!?
なにかイベントなんかも考えなきゃ!?
(No.430)
昨夜から女房はソワソワして服を何着も着たりしていました。
「ネっ!これいいろ!?」 「あぁ~。」
「これっ。どうら!?」 「いいんじゃねぇ~かぁ。」
今朝、職場の同僚5人で長野方面に一泊旅行に行きました。
「じゃぁ、後、頼んだわね」 「適当にやっとくから楽しんでこいや」
5人も集まりゃ日頃言えないことで盛り上がってたりして。(^_-)-☆
今頃、夕食も済んで温泉にでも浸かっているだろうか?ヽ(^。^)ノ
あ''っ~~!ん''っ~~!・ ・ ・ ・ ・ 。
ふぅ~~。
ゴクラク、ゴクラク…。(*^_^*)
そんなこと、言わないか!?
(No.420)
先ほど、東京で従兄弟の結婚式から帰ってきました。
昨日は、結婚式。その晩は、六本木ヒルズ・けやき坂!
今日は、鎌倉を散策してきました。
私、女房そして娘の三人で出席して来ました。
今は、チャペルでの挙式が流行りのようです。
私の時は、羽織袴(はおりはかま)、白無垢(しろむく)で神前挙式で、三々九度の時は手が震えお神酒がこぼれそうに…。そんなこと、思い出す。
まあ、二人が幸せならばそれでいい。
バージン・ロードでは新郎が入場後、新婦とその父が腕を組みながら入場。
そして、新婦は、スーーっと新郎に寄り添うのだ。
感動的なシーンではあるが、父の「何処か悲しげな」表情が私には印象的でした。
何故なら、私の娘が、ジィーーーーっと見ているのだ。(ーー゛)
花嫁と私の娘が否が応でもダブる!(;一_一)
いつの日か、オイラにもこの日が来るのか?
とても、感動的、そして何処か複雑な気持ちの結婚式でした。
その後、六本木ヒルズ・けやき坂に行きました!
もー疲れたんで、明日!!
最近、仕事から帰ってくると娘の部屋からピアノの音色が聞こえてくる。
とてもいい曲であるが、時々ハズレル…。(^^♪
そ~っと近づいてみる。
「練習用の課題曲らて。弾き終わるとスッキリする!」
小学校二年から習い始め、4年生の頃どうしても自分のピアノが欲しいと言うので中古で買った。
数年のブランクがあったが今月からまた以前の教室に通い始めたようです。
中学、高校と吹奏楽部でトロンボーンを担当していた。
誰に似たんだろう‥。楽譜が読めるものは家族に誰もいません。
唯一、オイラは、カラオケが大好きだが、楽譜どころか台詞も平気で間違える。
まあ、なんでもいいでわないか。酔いが回ってきた‥。ヒック!
二階の部屋から吹き抜けを通して一階のリビング・ダイニングに響きわたります。
娘も、仕事で少しはストレス発散にピアノを弾くのはいいことだ。
第24回NHK杯高校ラグビー大会が新潟市太夫浜(たゆうはま)で1回戦が行われた。
各校の横断幕は、初秋の青空に爽やかにたなびいていました。
女房は「ほらッ!ほらッ!」「あ”~う”ッ~」「な~して!」
楕円球を愚直なほどに泥まみれになりながら追いかける。
「勉強? ちっとぐれいいてば!」
「彼女? めんどくっせてば!」セガレは「楕円球」に本気らしい。
残念ながら、前半のリードを守れず後半終了間際で逆転負け。
ラストチャンスは、11月だ。
次につなげればそれでいい。
関連記事です。http://yamazaki-3.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/in_ab13.html#comments
セガレは今、長野県の菅平高原でラグビーの合宿に4泊5日の予定で行っている。
今日、バスをレンタルして「差し入れ応援ツアー」に親達で行ってきた。
標高が高く、日中でも25度くらいでカラットしている。
ラグビーのメッカで全国から強化合宿に来ている。
県選抜に選ばれたとか言っていた。
けが人もよく出る。
コート数が100くらいあるため頻繁に救急車が走っているのだ。
監督の容赦ないゲキが飛ぶ!
「スペースをもっと考えろ!」
「全体の動きを把握しろ!」
極めつけは、
「お前ら、もっとボロボロになれや!」
よくこんなハードな部活を選んで二年になった。
4月22日(土)は、私の家内の誕生日でした。何回目かは、家内のお許しがなけりゃ言えませんが私と同い年です。
何日か前、娘が「お母さんの誕生日、どーする?」と聞くから「メシでも食いに行くか!」
「ゆたか停にしてみっか!」と言うわけで、下見をしたわけです。
これは、娘の案であらかじめオイラが用意しました。
「一本が十本分だかや!」と、余計なことをオイラが言ったら首を絞められそうになったよ!
料理も美味かったし、家内のいい誕生日だったようだ。
この記事が200回目の記事です。
一昨年の十二月に「わかるとできる県央サティ校」でブログを最初に開設したのが「やまちゃん日記」でした。
当時、出来るかどうか不安でいっぱいでした。また、続けてもどうなる事やらこれまた不安でした。
教室長の掛橋さん(現シャチョウさん)、斉藤さん(現軍曹?いや、教室長)、各インストラクターさんのコメントが命綱でした。
それが、ここまで続けられるのはコメントを頂いているKANさん、阿武さんや皆さんのお陰と感謝しています。
「継続は力なり」です。これからもよろしくお願いします。
「やまちゃん」より。
いつも目立たず、一生懸命働いているが主役の熱い鍋の下で歯をくいしばり頑張っている。
鍋は、洗ってもらえるがオイラは、まず洗ってもらう事はありません。
文句も言わずただ、じっと与えられた天職をまっとうするだけ。
この牛の鍋敷きは、もう二十年ほど前にまだ幼かった娘を連れて長野の善光寺で買ったものです。
杉材でしょうか、触ると木目がはっきりと感じられまた、黒くこげた跡がよく働いた証明です!鍋などの下になりあまり目に付かないが気に入っているから今でも活躍しています。
この鳥の形をした鍋敷きは、セガレが幼稚園の時に作ったものです。ベニヤ板を鳥の形にしたものを中央にタイルを張りペンで色を塗っただけではあるがこれもまだよく活躍しています。裏には本人自筆の名前が書いてあります。
たかが鍋敷きではありますが、そこにはちゃんと家族の歴史が生きています。
今朝、めずらしく早く目がさめ、弥彦神社に初詣に行く事ができました。
東の空が明るくなり始め初日の出を拝む事ができそうです。
家族五人全員が今年一年健康で過ごせる‥ただそれだけをお願いをします。
が、やっぱり欲深いオイラは、あれも、これもお願いをしてしまいます。
いつか、ラジオでこんな事を言っていました。「ただ神様にお願いするのではなく、自分はこれをどう目標に向かって努力するから願いが叶いますように、とお願いするものだ。」と、言ってました。
初日の出が見れるのは何年ぶりでしょうか?
太陽の光は、少しずつ力強くなっていきました。
今日(11月21日)、私の母は、七十三歳の誕生日を迎えました。まだ元気にダンスに行ったり、わずかな畑仕事したりまだまだ元気です。
以前から、紅葉見ながら日帰り温泉にでもと計画をしていました。
昨日の日曜日に女房と娘と私、そして私の母、四人で車で紅葉&温泉に行ってきました。
目的地は、八海山神社とその近辺の温泉です。クリックして下さい。
あいにくの雨で八海山は雲で見えません。
八海山神社の石段の、八十八段を母と孫娘が一つの傘で登って行きました。何を話しているのか笑っているようです。
神主さんからお神酒をいただいた。娘は「このお酒は八海山ですか?」「いいえ、このお酒は、吉の川です」
そんな事聞くなてば!まったく「のんべ」の子なんだから‥
その後、車で20分ほどの「神湯温泉」に行きました。クリックして下さい。
以外と空いていました。休憩所も空きがあったし、風呂もがら~んとしていました。
意外と穴場でしょうか?
露天風呂も野趣満点ですし、そこまで来ている冬を満喫できました。
母や家族も満足してくれました。とってもいい休日でした。
仕事が終わって家に着くと8時は過ぎています。もちろん家族の夕食は、終わっています。
テーブルに一人で晩酌を始めます。そばで座っている母はNHKの歌謡番組や細木数子の番組が好きのようです。9時になる頃、スーと自分の部屋に行き好きな番組を布団の中で見ているようです。
セガレは、ニヤニヤしながらメールを打ちながら器用に私との会話に応じています。
娘がいると賑やかです。特に職場の事柄をよく聞かせてくれます。
友達とも夜、食事とか何とか言って出かけることも多いようですが、車の運転には十分、気をつけて欲しいものです。
今日の、酒の肴は私の大好物が2つもありました。別に大した肴ではないし、こだわりもありません。
菊は、母が市日で買ってきた「柿の元」と言う品種です。弥彦の菊じゃないよ!醤油を少しかけるのが一番美味いです。
「〆さば」も、生さばを私の母が家で酢で〆ただけだから、すごくやわらかく、トロッとして美味い!これがまた、う・う・うますぎ~!ヽ(^o^)丿
酒は、今の時期、「名も無い焼酎」をお湯で割って呑みます。
お湯割りだから、ふ~と酔いが回ります。
ちょうど、1年前の今日、新潟県中越地方を震源地としたまれにみる大地震がありました。
その日は、仕事の帰り信号待ちの時、停車中でした。その時、大型車が通り過ぎた時に似た揺れを感じたのをよく覚えています。その直後、まっすぐのはずのセンターラインが蛇行するように見えました。私は、「自分が、おかしくなった」と錯覚しましたが、信号が青に変わっても前の車は停車したままです。何十秒かは、覚えていませんが、「えッ?地震?」と思いましたが、まだ確信がないまま発進して走り始めると今度はハンドルを左右に取られまた、停車しました。付近の車も停車したままです。
その時、地震だ!と思い車のテレビを見ると「震源地、新潟中越地方」の緊急放送。
急いで我が家へ向かったけれど以前から「我が家の酒」が無くなるため近くのスーパーへ寄り道しました。なんと、馬鹿な男でしょうか。
スーパーに入るなり、顔面蒼白になりました。今まで見た事がない光景が店中に広がっています。棚は倒れ、ビン類は、床に割れそれを社員さんが片付けをしておられました。
「大変だ!家はどうなってんだ!」馬鹿な男は、その時初めて酒より家族を心配しました。
家に帰ると、私の母、家内、セガレ、3人が食堂のテーブルの下に寄り添うようにいました。娘は、今、相模原市に研修中。
部屋中の物がほとんど倒れ、テレビはもう少しでひっくり返りそうです。
皆が怪我が無いのがなにより‥‥と、思ったら、また大きな揺れがきた。
東京に住んでいる従兄弟から心配のメールが来る。電話は、もちろんつながらない。
その夜は、どうやって寝たか覚えていません。
地震が起きた時間が夜だったため、その日の被害状況ははっきりしなっかたけど、翌日のテレビ報道ですこしづつ明らかになったのはご周知のとうりです。
当日に様子を、記憶にあるまま書きました。
昨日書き込みしようと思いましたが、つい忘れてしまい今日のアップになっちゃった!(実は、呑みすぎて‥)
昨日(15日)、仕事が終わった午後8時ごろ娘から「今日、何時に帰宅?」のメールが来ました。「15分後に帰宅」みたいな事を送り返しました。
「いったい何のことだろう?」と思いながら家の居間に入ると‥
「誕生日、おめでとう!」って娘達から言われました。なんと言うことだろう、今日がオイラの誕生日だったとは!今までオイラの誕生日は「敬老の日=オイラの誕生日=祭日」が頭の中にズ~とインプットされていました。えッ!今まではどーなんだろう?あー、忘れたよ!
脳ドックが必要かな?ヤバイ。
そういえば、ハッピーマンディなるものがあったらしい。
娘が大好きな「抹茶ケーキ」 オイラは、あの風味がチョット苦手ですが
誰もが好きな苺ショートです。
口の周りにクリーム付けながら、「家族ってこれだよ!」
最後に〆は、 「KANちゃん」から頂いた「飛騨のひやおろし」です。
「わかでき納涼会」で頂きましたが、「いつ呑もうかな?」
って考えていましたが、やはりオイラの記念日にしました。」
スーとほのかに香るお酒です。口当たりは柔らかいです。
「う、美味いです。」
日頃、仕事に追われ忙しく過ごしている日々‥
自分の記念日さえ勘違いするようでは、どうなんだろう?→→→「脳ドック?」
夏休みも終盤にかっかてきました。
セガレは相変わらず宿題はどうしてんだか?分からないけど、ラグビー部にハマッテいます。
小、中校とサッカーやっていたがレギュラーには、なれなっかった。センス無かったのかな?
親も応援したけど本人が一番悔しい思いをしたと思います。
スタメンになったのは、3年になってからです。それまでは、後半になってからとか、ほとんどベンチに居たようです。
やっと自分に遭った居場所を見つけだしたようだ。
勉強も大切だけど、自分が本気で好きになれる事、
ぶつけられる事。
もし、もしもだよ、3年になって「花園ラグビー場」に行っても、行けなくてもオイラ、泣くね!
7日(日)に長野県の菅平(かんぺい、じゃないよ!すがだいら)高原へ行ってきました。須坂長野東(すざかながのひがし)インターで降り、国道406号線で40分くらいで着きます。
家から3時間かからなかった。
セガレが高校のラグビー部に入って夏の強化合宿で4泊5日の日程で、菅平高原に来ています。たまにはドライブがてら行って来ました。シゴカレテいるのも見てみたい。
標高1300メートルあります。日があたる場所でもそんなに暑くないです。
ちなみに、標高100メートルで0.6度下がります。と、いうことは、下界が33度なら約8度下がって25度です。涼しいはずだ。
あたり一面、高原野菜の畑とグラウンドが約100面もある。全国からの強豪チームと試合ができるんだからこんなに幸せなことはないです。
試合後、先輩へ労をねぎらう。こうしてチームの絆が深まるんだろう。男同士の友情っていうんだろうか、実に美しいと思う。
ここ、菅平高原はアテネの金メダリスト「野口みずき」も高地トレーニングした陸上のアスリート達のメッカでもあります。
帰りに近くの食堂で「ラガーメン」というのを食べてみました。そのものズバリ「ラグビーをする男」と「ラガー麺」をもじったラーメンです。
ハッキリ言うよ!でも、営業妨害になるから、「ま○い!」です!!
ドンブリは、ラグビーボールをイメージしても中身はどーしょうもないけど
これも観光地ならでわ??
「古譚」のラーメン食ったあと、新潟に買い物に行くことになったね。たまには、付き合わないと、娘たちとデートしないと忘れられるよ。
巻町ってとこから国道116号線でバイパスが出来て新潟市がグーンと近くなりました。
赤信号から青になって前の車が走り始めた時、後ろから「ドーン!」 「おっとーやられた!」ってすぐに分かりました。
後ろから「どーもスミマセン」て言われりゃ(チョッとムッときたけど)大空のように広いココロを持った「やまちゃん」だから、「怪我がないからいいんですけど、これ、どーします?」って言ったよ。
バンパーはへこみ、真ん中が割れている。ナンバーだってかなり曲がってます。
後席の娘は「あ~!私のビッツちゃんが可愛そう」涙声です。毎月、少しずつ返しているらしい。納車されて4ヶ月だから無理もないよなぁ。
オイラは信号待ちだから責任はゼロです。相手方の「任意保険」から全額支払われます。
見積額は10万円チョッとでした。みなさん気をつけましょう!
えーい!もう一丁行くゥ~?
おッしゃー行くぞー!(記事のこと)
こんなんだから新潟行きはやーめた。
娘の希望で最近、隣の岩室村って所に人気のアイス屋「フィガーロ」に行くことになりました。 おー並んでます。
ラーメンのあとの「お口なおし」にもってこいです。
今日、娘の代車が来ました。
「わー、フィットだ!やった~!!」
オイラに似て車、大好き人間らしいです。
休日の夕食はラーメンにした。あんまり暑い日が続くとわが家内も夕食がしたくない時があるようです。 うん、分かる。
やはり、背油系のラーメンといえば、「まつや」かな~?早い話が近いからである。
オイラねえ、正直この店の外観好きじゃないの。(あくまでも個人的意見だけどね)特に二階は好きになれないね。だって、幼稚園の遊戯室みたいなんだもん。ま、ラーメン食うのに関係ねーじゃんかもね!
我が家は、ラーメンたのむ時なるべく違う種類にするわけ。四人で四種類違うラーメン頼むんだ。家内は、味噌。
セガレは、背油中華。
オイラは、どーしようかな?あっちぇ時は、カレーだ!ってんでカレーラーメンにした。
先に食べるなよ!
四杯ともみんな美味い一杯でした。
みんな、まずスープを回し飲みします。それから、回し食いが始まる。
周りの客から見るとどんな風に見えるんでしょう?
そんな事は関係ないです。それが我が家のやり方なのだから。
仕事から帰って家路に着くと、八時前後だからホント疲れてます。
何とか自力で冷蔵庫の中の氷をグラスに入れて安い焼酎の水割りを、キューと喉をうるおすと「ふぅ~」。
その時間に着けば家族皆の顔が見れるし、少しの会話も出来ます。
母は、NHKの歌謡○○やナントか劇場が大好き。
娘は、メールしながら「あ~、また今日もしっぺしたいや!」メールしながら「明日早いから寝るよ」と言いながらオイラの飲んでいる発砲酒をイッキに呑んじまった。 オイオイ‥
女房とは、これからの将来のことを話していると、いきなり、韓国ビデオなんかを見てるんだよね。やんなっちゃう。
セガレは、風呂から上がりなにやら歌らしきを歌っている。オイラには念仏のようにしか聞こえないんだけどね。でもね、セガレと「歌」に関して共通点があったんだよ!
ちょっと感激しました。「浜田省吾」なんだよ。昨日アップした 「I am a father」もセガレ曰く
「MDに録音するっけ貸して!」浜田省吾、気に入っているらしい。前作の「光と影」
はオイラがセガレから借りました。
知らないうちに音楽に共通してたなんてちょっとした事件です。
一人になります。パソコンに向かったり、ニュース観たり。新聞読み返したり。
眠るとき、布団に入るとき、イメージします。すべてに対していい方向、プラス思考でイメージしながら眠りにつきます。この一瞬が、今は至福の時です。
我が家の家族は、四月になってから私を除きみんな早起きになりました。
娘は、ほとんど毎日四時過ぎに起きて出社です。セガレは高校の部活で朝練と言って6時前に起床してる。家内は毎日セガレの弁当作りでその前に起きています。
私が起きて仏壇、神棚を参るころには、「ばさ」はもう裏の畑でなにやら「べと」をいじったり、鍬を振っています。
休みの日になると一番に起きます。「ばさ」曰く、「子供みてえらな」。
返す言葉もなし‥。
生活時間を見直さないといけないと感じる。
ただ今ぁ。と、仕事から帰って来ると久しぶりに娘が起きていた。
まだ9時ちょっと前だがいつもなら寝ている時間だ。
就職が決まり朝は4時には起きるためいつもなら9時には寝ている。久しぶりに家族全員の顔が見れた。
「おう!まだ起きてていいんだか?」 「明日は8時に会社着けばいいんて」
女房が「今日、初任給だったのよ。帰り、皆で待ってたのよ。」
ふと、私の座るテーブルの前に明細書が置いてあった。
そうだった。今日は娘の給料日。変な日だったからつい忘れていた。
数字はどうあれよくがんばったな、ようやく社会人の仲間入りです。
来月からは、本格採用されるらしい。名札、ちょっと自慢げに見せたりして。
娘、「なんか失敗ばっかり、仕事覚えなきゃ」
私、「初めてならあったりめぇらてば」「今は、小さな子供、何でも吸収せや」
「おっかながらんでやって見れ。」
ふと、私の初任給のこと思い出した。
当時は、現金支給だった。やけに袋が厚かった。なぜ?
千円札が20枚ぐらい入っているんだもん。厚く感じるはずだ。
それでも「あ~、初めての稼ぎだ。」うれしかったし、少し大人になった気がした。
会社勤めの他に、こずかい稼ぎで新聞配達をしてたから給料みんな家に入れた。
がんばれ!新社会人。まだまだこれからいろんな経験、いやでもするから。
無事、「おとき」も終わり、皆、我が家に戻って一時間ほど雑談をいていたら
今晩、宿泊先のバスが迎えに来ました。
遠方からの叔父、叔母、従兄弟、家内の実家の家族とゆっくり、楽しく過ごすにはやっぱり
温泉です。今宵の宿は「野積シーサイドホテル飛鳥」です。詳しくは、こちらです。
日本海に面しており、豪華では無いですが落ち着けます。
部屋から見た日本海に沈む夕日です。
日没は、6時40分ごろです。
風呂に入りながらもいいもんですよ。
関東方面」の方が多いため本当に感動してもらいました。
さあ、やっと本当に呑めます!宴会場も海に面しています。
初めて食べる刺身は「ほうぼう」。すごく、ユーモアたっぷりの顔をしていたので思わず
撮りました。詳しくはこちらです。
久しぶりに皆との宴会で大いに盛り上がり、「おやじの許可が出たのでこれからカラオケ
大会だ~!」との叔父の挨拶。
私たち家族は、周りの多くの人たちに支えられここまでこれました。
おやじは、いつまでも私たちの心のなかに生きつづけています。
一緒に連れていったおやじの写真は、笑っていました。
その日もうだるような暑い日でした。
「うわぁ~、今日もあっちぇなあ~」
台風10号のフェーン現象の影響で、38度の熱波の日でした。
私と、家内や子供たちは普通に出勤、通学です。
8時半頃だったか就業前の私に母親から電話がありました。
「落ち着いて聞けや‥父ちゃん、ほんのさっき‥‥」
あまりにも急なため涙も出ない。
ただ、儀式にのっとり進んでいきました。
通夜の挨拶で、思わず人目もはばからず泣いてしまいました。
平成十六年七月三十日 七十一才 永眠
2年ほど前に病に倒れ病院を何度か入退院を繰り返したが施設に入る
事ができました。
その間、肺炎を併発して医師もさじを投げたが、それも乗り越えました。
しかし、ついには病状が進み口からの食事ができなくなり胃への直接流入をしいられまし
た。生きてもらうためにという苦渋の選択でした。
本当によかったんだろうか?本人は望んでいたんだろうか?
今でも時々医療の実態で考えさせられます。
一番、看病していた母は、やるだけの看病をしたから後悔はしてないと言います。
「おやじ」は、とにかく仕事に対して「くそ」がつくほどまじめだった。
まじめすぎて損もしていたかもしれない。口数はあまり多いほうではないが怒ると
おっかなっかた。
酒は毎晩、朝日晴をぬる燗を呑んでいた。
そして、五月三日に一周忌の法要と、納骨を行うことができました。
時期としては少し早いですが、去年の夏の暑さや、遠方からの親戚を考えるとこの時期
がいいと思いました。初めての準備などで助言もいただきながら進めることができました。
親類の方々本当にありがとうございました。
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私の娘は4月1日が入社式、セガレは今日が高校の入学式でした。
以前にも書きましたが、2人とも節目でよくいっしょになります。(親に最大の責任がありま~す)
今、特に娘の生活リズムが以前より180度変わっています。
約2ヶ月間の研修中、夜は9時に寝て、朝3時半過ぎにおきて4時半に出勤。新聞屋さんでわはありません。
学生の頃なら遊んで帰ってくる時間なんだろう?
とにかくいろんな現場を経験したほうがいいと思います。
若い頃当時の社長が「若いときの苦労は買ってでもしろ!」そんな言葉を思い出します。とにかく朝はまだ真っ暗だから車の運転には気をつけて欲しいです。
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セガレの入学式、やはり私は行けなっかた。
以前、女房に、「入学式、俺が行こうか?」と言うと
「できもしないこと言わないでぇ~!」
今まで子供たちの節目の場所に立ち会った事が一度もないきがします。
今日、セガレの公立高校の入試発表がありました。
結果、見事、合格できました。本当におめでとう、よくがんばった!
今宵は、家族5人で祝杯をあげることができました。
時々言っていました。「いつもどうりにやれば絶対合格できる」と。
9日の入試当日、穏やかな朝でした。
いつもより1時間くらい早く起きて仏壇、神棚に手を合わせた。
朝飯しっかり食べてセガレは「よし、行ってくるお!」と言ってチャリで駅へ。
私が仕事から帰ってきてセガレに聞きました。「名前ちゃんと書いたか?」
セガレ「書かなかった。そんな書く欄無かったな~?。受験番号は書いたけど‥」
家族全員、完全に固まったのは言うまでもありません。
「えっ?なにお~!!」「まじぃ~?」さすがに発表前に終わったと思いました。何かの間違いであってほしい。
私たちの頃は当たり前です。
ここまできてこんな事(実力を出してならしょうがない)で失敗するなんて。(ToT)/~~~
当然、家族全員本当に「眠れない夜」になっちゃいました。
翌日、祈る気持ちで中学校に電話をしました。
「もしもし、あの~○○の父親ですが、実は受験名を書かなかったと言ってるんですが、ど~しましょう?ど~なるんでしょう?」
先生「ああ、近年すこし変わりまして受験番号だけでいいんですよ。」後は何を言われたかよく覚えていない。
すぐにセガレや女房にメールで連絡をしました。
一気に寝不足で眠気が襲ってきた。
そして今日の日を迎えることができました。
目標を高く掲げてそれに向かって努力する。がんばってみる。
どこの高校に行くかよりそっちの方がやはり大切だとセガレに言いました。
楽しい高校生活を送ってほしいと思います。(^^♪
私の子供は、21才の娘と受験を控えた中3の15才のセガレがいます。
6才違うというのでいろんな節目でぶつかる事が多いです。
特に6才も違わせた意味などあるわけないです。
その間、○○○を、わすれていたのか、疲れていたのか、はたまたよそで‥。いやいやそんなこと絶対に無い。
はず。
娘の中学の入学とセガレの小学校入学がいっしょ。
高校卒業、専門学校入学と中学入学がいっしょ。
就職で会社の入社と高校の入試がいっしょ。
ここからどーなるか?
娘の○○とセガレの○○がいっしょ。
このことは、現実だからどうしょうもない。それなりに親は対応していくしかない。応援したい。
娘もセガレも小さい時は当然喧嘩はしたが成長していくにしたがって本当にお互いを思いやるようになってきた。
娘は一人暮らしにあこがれた。甘やかしたつもりはないが一人であの豪雪地帯の魚沼で3年間がんばった。
そして卒業できた。就職できた。全部自分で決めた。
1年目の秋、同じアパートの生徒間の人間関係や寂しさで疲れ、「帰りたい、家から学校に通いたい」と泣きついてきた。
正直、すこし助けたかったが、「だめだ。自分で決めたことは簡単に諦めるな!アパートに帰れ!」
必ず将来のためになるから。
そんな姿をセガレは黙って見ていた。
もうすぐ入試です。いつもの自分の力を出せば必ず合格できる!
休みが多い時や盆休み、正月になると娘は決まって帰ってきて県央サティ3階のアイスクリーム屋さんでバイトしていた。店長やスッタフの皆さんからかわいがられていたみたいだ。
今、寺泊の「日本海」で1週間の研修中。その後正式に入社です。がんばれ!新社会人!!
なんか、すごくとりとめのない記事?になったようです。親バカと言われてもしょうがない。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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